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■御神本訓史さん(騎手)/日本一小さな競馬場から大舞台へ
 1947年から2002年まで、日本一小さな競馬場として親しまれてきた益田競馬場。この地から、日本一大きな地方競馬、大井競馬に移籍された御神本訓史騎手―。今回は大井競馬場に復帰レース直前の御神本騎手を訪ね、レースにかける思いをお聞きしました。
 
御神本訓史(みかもと のりふみ)
 大井競馬場所属騎手(三坂盛雄厩舎)1981年8月25日生まれ。島根県益田市出身。益田の高津中学校を卒業後、栃木県にある地方競馬教養センターに入学。優秀な成績で卒業し、1999年4月にデビュー。益田競馬最年少新人騎手ながら、2000年には、益田競馬リーディングジョッキーを獲得。同年には「第33回内閣総理大臣杯プロスポーツ大賞」の地方競馬部門新人賞に輝く。2002年、益田競馬場閉場にともない、大井競馬場に移籍。
写真:御神本訓史さん(騎手)
写真:御神本訓史さん(騎手)
■父の影響から競馬の道へ
 
--今回は去年の11月以来約半年ぶりのレースとなりますが、どのような気持ちで臨まれていますか。

 落馬して、ケガをしたのがちょうど去年の今ごろで、半年休養して、10月と11月のレースに出たんですが、それからまた調子が悪くて、今回が再復帰で、半年ぶりのレースになるんですが、体の面も精神的な面も満足いく仕上がりになっているので、今回は自信を持って臨んでいます。落馬してすぐの時は、乗りたくて乗りたくて仕方なかったんですが、ケガをした部分が頭だったということもあって、周りの人から「慎重に」にとのアドバイスをもらったりしましたので、完全に治ってからにしようと思い直せましたね。

--いつごろから、騎手になりたいと思い始めましたか?

 父が益田で競馬に携わっていたので、小さい頃から“競馬”という環境の中で育ったことが騎手への道を開かせていったんだと思います。初めて馬に乗ったのは、小学校3年生の時でしたね。ずっと「乗りたい、乗りたい」とは言ってたんですけど、身長が今よりもずっと小さかったので、危なかったんですね。

写真:御神本訓史さん(騎手)
■分刻みのスケジュール
 
-- 騎手の養成学校である、地方競馬教養センター(栃木県)ではどのような訓練をされたんですか。
 
 馬の乗り方、馬の世話、数学・国語・社会・英会話などの一般教養、剣道など色んなことを勉強しましたね。学校では分刻みの生活でしたね。朝5時に起きて、掃除をして、エサやりなど馬の世話をして、朝食をとります。その後8時から12時くらいまで騎乗訓練をして、体重を量って昼食をとります。
 
 午後の1時から2時くらいまでは学科の勉強をして、馬の世話をし、6時から夕食でその後は自習時間になっています。そして、7時半ころに馬を見に行って、8時になってやっと自由時間です。その時間に自主トレする人もいるし、テレビ見たり、お風呂に入ったりする人もいますね。それで、9時半が消灯なんですよ。本当に一日があっという間でしたね。今はここまで規則正しくないんですけど、競馬場での仕事は朝が早いので、あんまり夜更かししすぎると翌朝が辛くなっちゃうので、体の調子と相談しながら、早く寝るようにしています。夜更かしする日があまり続かないようにしていますね。

-- 教養センターを首席でご卒業されたとうかがいました。

写真:御神本訓史さん(騎手)

 新規でプロの騎手になる試験は、騎乗の審査と専門的な馬学、一般教養の試験と面接がありますね。首席というか、騎乗の審査が満点だったということなんですよ。
 
--優秀な成績で教養センターをご卒業され、他の地方競馬場からもオファーがあったと思うのですが、なぜ、益田競馬場を選ばれたんですか。また、2002年、益田競馬場閉場ということになり、その後大井競馬場を選ばれた理由は何ですか。

 一番小さい競馬場ということは認識していたんですけど、やはり、自分が育った場所が益田競馬場だったので純粋に益田で乗りたいという気持ちがありましたし、父と一緒にやりたいという思いからですね。大井への移籍に関しては、父と益田競馬場の主催者が中心に進めてくれたんですよ。
 
-- 益田競馬場から、大井に移籍されて、一番の違いは何ですか。
 
 レースでの馬の頭数が違いますね。フルゲートで益田は8頭だったんですが、大井は倍の16頭なんですよ。そういうことにも最初は戸惑いましたし、全然違う所から大井に移ったということでプレッシャーもありましたね。
 
--御神本騎手が考える騎手に求められる素質・モットーは何ですか。
 
 体の面から言えば、柔軟性やバランスですね。馬に乗るときの重心の置き方がポイントです。馬の重心と自分の重心を考えながら乗ることを心がけていますね。また、馬の性格を掴むことも大事です。馬もそれぞれ性格があって、ずる賢い馬だったり、気が小さい馬だったりとか雰囲気でわかるんですよ。またがった時の雰囲気で、馬の性格を察知して、徐々に走らせながら性格を探っていきますね。馬の性格を掴むのに“雰囲気”は大事です。また、学校でも「基本馬術の応用が競走」だと習ったんですけど、自分自身でも“基本”“基礎”を何よりも大事にすることをモットーとしてますね。
 
-- 一番心に残っているレースはありますか。
 
 いっぱいありますけど、やっぱり、益田で勝った益田優駿の時が一番印象に強く残ってますね。その時のサントゥールワンという馬がすごく思い出深い馬ですね。
 

■ ふるさとを離れて
 
写真:御神本訓史さん(騎手)
--大井に移籍されて、益田を離れ、外から見るふるさとはどのように映っていますか。
 
 大井に移籍してから、2回ほど帰ったんですが、住んでいる時は不便だなって思ったりとか、都会に憧れることが多かったんですが、離れてから友人の結婚式の時とケガをした時に帰ったんですけど、当たり前だったものがすごくよく見えてきて、もっと好きになりました。海もきれいで、肉より魚の方が好きなんですけど、海産物などの食べ物もすごくおいしくて、人も温かいなぁって思いますね。特に、柿本人麻呂神社から見える景色はすごくきれいで、帰った2回ともそこには行きましたね。帰った時にはまたここに住みたいなと思いました。中学生の時にはよく川や海で泳いで、バーベキューをしたりしてました。ケガをして帰ったときには中学校の同級生が電話してきてくれて会えたんですよ。
 
--現在の御神本騎手ご自身を分析するとどのような性格だと思いますか。
 
 今は大分直りましたけど、わがままな部分がありましたし、昔は、やんちゃな性格で、短気な部分もありましたね。小さい時はそれが前面に出てたと思うんですけど、外の世界に出て、色んな人の中で、生活する中で直ってきましたね。教養センターの先生はすごくきびしかったですから、嫌でも直りましたね。
 
-- 趣味は水泳とスキーだと伺いましたが、お休みの日は何をしていますか。
 
 レースが続いて疲れがたまっている時は、睡眠をとったり、マッサージがすごく好きなんで、よく行きますね。全然若者らしくないですけど…あと厩務員さんや他の騎手の人たちとご飯を食べに行ったりもしますよ。
 
 騎手という職業ですから、当然体重維持は常に頭に置いてますけどね。ケガをする前は多少減量はしてたんですけど、あまり気は遣ってなかったんですよ。でもケガをして休養していた時には、体重が増えてしまいましたね。それから今年の冬は、スノーボードに挑戦しましたよ。ケガがつきものなので、しょっちゅうは行けなかったんですけど、ケガをしないように気を付けてやりましたね。
 
■ ふるさと益田を背負って
 
写真:御神本訓史さん(騎手)
--最後に御神本騎手を応援している島根県民に向けて、これからの目標メッセージをお願いします。
 
 復帰できて、また一からやる気持ちでいます。こういう騎手を目指しているという人は今はないんですけど、先輩騎手の方々のいいところをどんどん吸収して、後輩騎手から、目標とされる、見本となれる騎手になりたいですね。そして大井や南関東でもリーディングジョッキーになりたいです。
 
 また、益田が廃止になって、地方競馬で一番大きい大井に来て、沢山の人の目が向けられることが多くなっているので、僕が活躍することで、益田・島根が注目されていくと思います。“益田”を背負っていく気持ちでこれから頑張っていこうと思っています。
 
【JAグループ島根発行『緑のスクエア』2004年7月vol.68から】
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